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2015年9月12日から2016年7月6日の話。

スペインで荒れ狂う程酒を飲み、タパスを喰らい、トマトを投げまくり、大満喫の末にオーストラリアに戻った僕。
再びお金を稼ぐ為に仕事を探す。

実はスペインに行く前にファームで一緒に働いていた友達からシドニーのラーメン屋さんを紹介してもらい、連絡を取っていたのでオーストラリアに戻ったらすぐに面接を受けられる手はずになっていた。

だが!!

だがしかし!!

人が足りなくなり、急遽スタッフを補充してしまったため、もう面接は受けさせてもらえないと連絡が入ったのだ...。

えーーー?!そんな事ある?!!

とは思ったけど、僕達ワーホリワーカーの立場は非常に弱い。
素直に受け入れるのしか無いのが現実。泣


仕方なく他の職場を探す。
僕は飲食店で働きたかったので、直接お店にご飯を食べにいって自分が美味しいと思ったところで働かせてもらおうと思い、何件かのお店を履歴書を持って行き、食べ歩きをした。

そんな時に雇ってもらったのが”亮亭”だった。

この亮亭との出会いが僕の旅を大きく変えたといっても過言ではないだろう。



オーナーの亮さんやスタッフのみんな。そして特に一緒に過ごす時間が一番長かったあつしさん。
料理などまるで素人の僕に丁寧に色々な事を教えて頂き、本当にお世話になった。
旅の相談や自分の夢の話、バカ話なんかを日々店の中で、そして夜は毎週飲みながら話した。
キツい事もあったけど、僕の”料理が好き”という気持ちの原点はここだと思う。


そしてここで教えてもらった事はこの先の旅で出会う旅人のシェア飯で大いに力を発揮する事になる...。
けどその話はまたいつか書くとして。




職場探しと同時に住むところも探していた僕。
というのもオーストラリアのワーホリではシェアハウスに滞在するのが一般的。(だと思う)
スペインから戻ったばかりの僕はまだシェアハウスも見つけられずバックパッカー(オーストラリアでは安宿、ゲストハウスの事をバックパッカー、バッパーと呼ぶ)に滞在していた。

やはり不特定多数の人が常に出入りするドミトリーよりも早くシェアハウスに早く移動していたいと考えていたので、どこか良いところは無いかと物件を探していたのだ。

インターネットで探していたんだけど、何件か連絡を取っているうちに内見まで進めたのが一軒。
それがあの超快適なウィロビーのシェアハウスだった。


ウィロビーのシェアハウスでは毎晩酒盛り。(僕だけ。勝手に)
イベント(クリスマスや正月、シェアメイトとかの誕生日)があれば毎回パーティー。(ただ僕が飲みたいだけ)
シェアメイトがハウスを離れる、新しいメイトが来る時は歓送迎会。(やっぱり飲みたいだけ)


別にみんながみんな飲むわけじゃないけど、飲みニケーションの偉大さを大いに感じた。笑


あと、亮亭ではただラーメンを作るだけじゃなく、キッチンスタッフが毎日まかないを作る。
そのジャンルや価格に制限は無くて(常識の範囲内であれば)兎にも角にも美味しい物を作りなさいと教えられる。
ラーメン屋なのにイタリアンだって和食だって、なんでも良い。

お寿司やもつ鍋が出てきた事だってある。
魚だってさばいたりする。

ここで教えてもらった料理をシェアハウスに帰ってシェアメイトのみんなに作って食べてもらい、練習する。
そうすると自分のレパートリーが段々増えていく。

僕の料理の技術はプロの料理人の方達に比べたら全然。素人と同じ様な物だけど、それでも少しは自分の技術が上達したと思っている。
初めてのキチンとした自分の包丁もオーストラリアで買った。

僕のオーストラリア生活は料理と酒で組み立てられていたといっても過言ではないだろう。笑





だがしかし・・・そんな僕の快適オーストラリア生活は突然終わりを告げたのだ...。






スペインからオーストラリアに戻って約10ヶ月。
突然僕の携帯にメールが届いた。
オーストラリアのイミグレーション(移民管理局)からだ。

「a visa cannot be granted」


なんの事かというと...。

僕はオーストラリアワーキングホリデーセカンドビザを申請する為にファームで88日間働いた。
そう。ズルする事も無く、毎日毎日早朝から晩まで汗水たらして一生懸命働いた。
(通常ワーホリビザは1年のみだが、政府が指定した場所で88日以上働くともう1年延長出来る)

だから僕は2016年2月に自分で書類を作成して、インターネット経由でセカンドビザを申請していたのだ。
(オーストラリア入国は2015年3月なので、2016年3月からもう1年滞在を延長するため)


簡単にいえばそれがgranted出来ないそうだ。


僕の低い低い英会話力では”ぐらんてっど”の意味は解らなかったが、その前の”can not"はなんとか理解出来るので嫌な予感だけはひしひしとしていた。

スタッフのみんなに相談したり、シェアハウスのオーナーさんに相談してみたが、やはり僕はセカンドビザの取得に失敗したみたいだ。


政府からのメールによると

「あなたは政府の指定した書類を期日までに送付する事が出来なかったので、あなたのセカンドビザの申請は受理出来ません。つきましては21日以内に荷物をまとめてとっととオーストラリアから出て行ってね♪」

との事。


オイ!!

申請から5ヶ月も放置しておいて、なんで突然!!!
(セカンドビザを申請してからビザがおりる、おりないを判断している間はブリッジングビザというものでオーストラリアに滞在する事が出来ます)


キチンと書類をそろえて、申請の仕方も色々調べて、色んな人に相談して送ったはずの書類。
確認したけど、キチンとメールの送信履歴も添付データーも残っている。

なにか方法は無いかと色々調べたけど、政府の判断に不服があるなら異議申し立てというのが出来るらしい。
しかし、その異議申し立てをするだけで15万円程。そして移民弁護士等を雇うのにさらに25万円程かかるらしい。
勝訴率は40%程度らしい・・・。

cannot beのメールが来たのが6月21日。
ちなみに僕は11月からアメリカをキャンピングカーで横断する予定だ。


お金貯める為に来たオーストリアで、あとたった4ヶ月滞在する為に最低でも40万円払って、しかも勝てる見込みが40%!!バカバカしい!!帰国する!!

という結果にいたったわけです。


そんなわけで僕のオーストラリアワーホリは1年4ヶ月(うち1ヶ月スペインに滞在)で幕を閉じたのでした。


そんなオーストラリア滞在中の写真を少しだけ。



お世話になった亮亭。いつも行列!!僕がいた時は最大で55人並んでました。
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店内写真
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初めてのキチンとしたマイ包丁
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ウィロビーの僕の部屋。快適以外のなにものでもなかった。
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お正月。オーナーさんが作ってくれたおせち。最高に美味しかった!
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ビビッドシドニーの時のオペラハウス
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オーストラリア生活で僕がもらったもの&思い出の品々
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そんなオーストラリア生活を終えた僕は日本に一時帰国。
キャンピングカーでアメリカ横断の準備に取りかかるのでした。


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【2018/03/09 07:30】 | 15.オーストラリア(2回目)
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